東京大学先端科学技術研究センター 稲見・檜山研究室 学術支援専門職員の登嶋健太(としま・けんた)さんは、日本全国の介護施設にVR技術を広める活動を行っています。登嶋さんが提供する「擬似旅行」体験では、お年寄りは思い出の場所にもう一度訪れたり、実際に足を運ぶのが難しい場所に旅行することができます。
登嶋さんは以前介護施設で勤務していた頃、あることがきっかけでお年寄り向けの擬似旅行体験を作り出すことを考えつきました。それは、ある入居者の「お気に入りの梅の木を見に行けたい」という願いです。登嶋さんが代わりに現地に足を運んで、写真を撮ってきてあげたところ、非常に喜ばれ、もっと色んな角度から撮ってきてほしいとリクエストを受けたそうです。
このことから、登嶋さんはお年寄りがVRヘッドセットを通して景色をより楽しめるよう、360度カメラを使ってパノラマ写真や動画を撮影するという着想を得ました。2014年以来、登嶋さんは世界28ヶ国、日本35都道府県で、250ものVR動画を撮影しており、VR旅行体験を提供したお年寄りの数はなんと500人にものぼります。
今回Insta360では、登嶋さんが取り組んでいる研究やこれまでのVR旅行動画撮影について、さらに詳しくお話を伺いました。
1. お年寄り向けのVR旅行体験プロジェクトを始めたきっかけを教えてください。
私は東京の介護施設施設で5年間働いていました。仕事内容は、主にお年寄りの生活介助やリハビリテーション指導です。
多くのお年寄りは自由に旅行をしたい気持ちがありますが、身体機能が低下しているため一人で外出することができません。私はお年寄りと対話をして思い出の場所や故郷に行って写真や動画を撮る活動を始めました。
お年寄りの昔の記憶を引き出すことは簡単ではありません。またお年寄りがイメージする写真や動画を作ることはさらに困難でした。私は、2014年からVRについて独学を始めました。それは360度パノラマ映像を活用することで、通常の写真やビデオをより広く美しい景色に観てもらえると考えたからです。最新のテクノロジーを活用することでお年寄りの心に残る風景を再現することができると考えました。
2. お年寄りへのVR旅行体験提供において、登嶋さんのゴールは何ですか?
VR旅行体験はお年寄りのリハビリテーションのモチベーション向上と、日常生活を楽しく過ごすために提供しています。介護施設から外出した気分になるので、心の不安感を和らげることができます。身体的なハンディキャップをテクノロジーで補うことで、健康的に長く生活することができる道具として提供することを目指しています。
私たちは、VR技術活用によってお年寄りの認知機能と運動機能にどのような変化が現れるか、客観的なデータを収集することを目標にしています。また、VRが認知症をどのように予防できるかについても研究しています。
3. これまで介護施設の入居者の方々は、VR旅行体験に対してどのような反応でしたか?
多くのお年寄りはVRの存在を知りません。私はこのテクノロジーについてお年寄りに説明をすることから始めます。
お年寄りは初めてVR旅行体験をすると声を上げて驚く人も少なくありません。普段は座って生活している方が、思わず立ち上がってしまうこともあります。
VRで思い出の場所を見たお年寄りは、本当に嬉しそうでした。また忘れていた旅行のエピソードを思い出す方もいます。
ある女性が初めて屋久島へVR旅行した動画をご覧ください。
広島の介護施設でVR旅行体験会。
— 登嶋健太@福祉×VR (@KentaToshima) December 22, 2018
この女性が選んだのは「行きたかった屋久島」です。
介護施設の空気もおいしく感じてるのかな。そんなテクノロジー。
旅行を持って行きます。
全国どこにでも伺いますのでHPよりお問い合わせ下さい。https://t.co/FrdWPu0Syg pic.twitter.com/EupcJ3yU9U
4. このプロジェクトにInsta 360の360度カメラを選んだ理由は何ですか?
360度撮れるということですね。なぜならお年寄りがイメージしているものを再現するには、360度の映像がある方がより近づけることができるからです。私たちは、奥行きや没入感のある映像を撮れるInsta360 Pro 2を選びました。小さいカメラを使用したい時は、Insta360 ONE Xを使うこともあります。
動画は、360度のステレオモードをよく使用します。音声収録は、サードパーティ製の外部マイク(ZOOM H2N、H3-VRなど)を本体と別に使っています。映像だけでなく立体音響を使うことで、よりVRの世界に引き込めるからです。
5. 撮影場所や撮影方法はどのように決めていますか?
まず、ロケ班は人通・観光客の注目ポイント(写真がたくさん撮られている場所)をチェックします。また、利用者へのヒアリングも行います。そのため観光地に限らず、その人が見たいと思う所の撮影をします。
次に、360度カメラを三脚に載せ、邪魔にならない場所に置きます。観光地は特に人が多いため細心の注意を払っています。
そして、動画の撮影をスタートします。その際には、ナレーションも入れます。見るお年寄りが思い出の風景を見るだけでなく、知っている人と旅行に一緒に行っているような気分になれるコンテンツにするためです。よりパーソナルな体験を提供するために、名前を呼びかけることもあります。
自分で動画を撮影する他に、「アクティブシニア」をプロジェクトに呼び込むこともあります。定例ミーティングに参加して、VR撮影技術について学び、実際に外に出て自分たちで動画を撮影してもらうのです。なので、このプロジェクトは介護施設の方々に体験を提供するだけでなく、アクティブシニアに新たなスキルを身に付け、同世代の人たちの力になるよう促す、という役割も果たしています。彼らはこれまでに、1,300本もの動画を撮っているんですよ!
6. VR技術は、お年寄りの生活の質をどのように向上できると思いますか?
身体機能が低下すると外出、旅行が困難になり、生活が内向的になります。でもVRを使えば実際に外出するのに似たような効果が期待でき、日常的に癒しを与え精神的に穏やかになり不安感を和らげることができると考えています。
7. 今後日本のような超高齢化社会において、VR技術はどのような役割を果たしていくと思いますか?
旅行体験だけではなくVR技術を使うことで、社会交流を生み出すことができます。今のインターネット交流の一歩先を進んだことが、世界中の人とできるのではないでしょうか。就労を含んだ社会参加を促し、健康寿命を延伸させることができると思います。
きっと実現できると信じています。先進国は高齢化が進んでおり、その筆頭となる日本で多くの事例が出せれば、他の国でも活用しやすくなるのではないでしょうか。
登嶋健太さんの研究についてもっと知りたい方は、NHKワールドのインタビュー動画をご覧ください。
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